原罪ヘミモルファイター
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『ごめん!!(>人<;) どうしても今日中に帰れそうにないから、ほんと申し訳ないんだけど、そっちに寄るの明日になる。せっかく時間作ってくれたのにごめん。おやすみ』

さっきから何度も読み返しているメールの文面をもう一度眺め、私は溜め息を吐いた。
菅原くんが来るからと張り切って掃除をした部屋に力なく転がる。
菅原くんが悪くないのは分かっている。彼は人当たりが良いから誰にでも好かれるし、入社二年目の彼に、上司の誘いを断る人権などないだろう。私は会ったこともない菅原くんの上司に恨みを募らせることしかできない。ああ、菅原くん珍しく顔文字使っててかわいいなあ。

菅原くんと付き合い始めて、もう四年目になる。大学生だったわたし達はそれぞれ就職して、ようやく落ち着いて時間を取れるようになってきたところだ。
『誕生日は一緒に過ごそう』と言ってくれたのは菅原くんの方で、でも平日だし、会うのは週末の方が良くない?と日和ったのが私だ。結局菅原くんは両方会おう、と言ってくれて、週末は映画を観に行く約束をした。
だから本当は今日会えなくてもすぐまた会えるし、落ち込む必要はないのだ。それでもやはり誕生日に会おうと言ってくれる菅原くんの言葉が嬉しかったし、楽しみだった。
「あー」
会いたいなあ、と思う。時計を見れば今日という日はもうすぐ終わろうとしていた。八時ごろに一度『やばい、部長に捕まった!なるべく早く抜けるけど、遅くなると思う』というメールが届いてから、そわそわして何も手に付かなかった。菅原くんが来ないなら化粧を落として寝てしまおう。そうすればすぐ週末だ。 諦めて立ち上がった瞬間、電話が鳴った。見れば当の菅原くんからで、(いやよく考えれば他の人がこんな時間に電話してくることはないだろうけれど)通話ボタンを押すとすぐに彼の声が耳に飛び込んできた。
!まだ起きてる?』
「えっ、う、うん、起きてるけど」
『こんな遅い時間にほんとごめんなんだけど、一瞬だけ、ん家寄っていいかな』
「えっ、…えっ!?今!?」
『今!!ごめん!!』
「別に大丈夫だけど、えっ!?抜けられたの??」
『や、無理矢理抜けてきた!じゃあ今から行くから!ほんとこんな時間に、ごめんな!』
なんどもすまなそうに謝りながら、電話の向こうで息を切らせて菅原くんが走っている。私はおどろいて、胸が詰まってしまって、うん、うん、と返事をして電話を切った。

謝ることないのに!私の誕生日を祝うために走っている菅原くんが、謝ることなんて一つもないのに!どきどきする胸を押さえながらそう思う。同時にそうやって謝るところも彼らしいなと、思った。

やがてドアの向こうからもばたばたと足音が聞こえてきて、急いたようにチャイムが鳴った。
「誕生日っ、おめでとう!」
菅原くんは扉が開くなりそう言って、開いた扉の隙間から花束を差し出した。
鞄は肩からずり落ちているし、走ってきた頬は蒸気して紅くなっていた。…ああ、菅原くんだ。菅原くんが会いに来てくれた。
「今何時!?何分!?」
「えっ?えーと」
私がうろたえている間に菅原くんはスマホを取り出して、時間を確認すると「あああ~…」と崩れ落ちた。
「ど、どうしたの菅原くん」
「日付変わってた……」
見れば画面には00:02の表示で、菅原くんはもう一度ごめんと謝った。でも私はたった2分の誤差なんて気にならなくて、それよりもやはりそんな些細なことにこだわってくれる菅原くんの気持ちが嬉しかった。
「あー、現役の頃はもうちょっと足速かったと思うんだけどなあ…」
「いいよ、そんなの。それより水かなにかいる?しんどそう」
「あ、じゃあ頼むわ…あー…悔しい」
顔をくしゃっとさせて、菅原くんは苦笑した。私は彼の手から花束を受け取って、キッチンに向かう。「上がってていいよ」と声をかけると、菅原くんは「お邪魔します」と小さく頭を下げて、靴を揃えた。
菅原くんらしいなあ、と思う。なにもかもが。こうして走って来てくれるところや、私が好きな花を覚えていてくれるところ、脱いだ靴を揃えるところ。菅原くん用に水を汲んで、それからついでに花束を生けられる容器を見繕いながら、菅原くんが菅原くんらしいということは、すごく素敵なことだなあ、と私は思ったのだった。