原罪ヘミモルファイター
作品一覧にもどる


シャンブレーは結局、自分が大事なんだと思う。

-for・you-


「もー! 次こそって言ったからお願いしたのに、シャンブレーの馬鹿! 弱虫!」
「ほ、ほんとにごめんって! 悪かったよ、でも敵があんまり多かったからつい……」
「敵が多かったから応援を頼んだんじゃない!」
「うっ…そ、そうだよな、ごめん……」
仁王立ちした私が腕を組んで責め立てれば、シャンブレーの態度はみるみるうちに萎れていった。
でかい図体を屈め、上目遣いで、耳をぺたんこにさせて謝る姿は正直、わりとかわいいと思う。
そんなことをセレナとデジェルに言ったらまた全否定されそうだけど、まあ結局私はシャンブレーには甘いのだ。
「もう頼まないから」
「っ……、お、俺だって、お前の力になりたいって気持ちはあるんだぞ? ただ……」
「あてにならない戦力は計算に入れるなってマークも言ってたもん」
「うっ…」
本当に、謝るときはものすごく申し訳なさそうにするのに。
こんなに責められて落ち込んで周りとの関係も悪くして、それでも彼は毎回逃げてしまうのだ。
「そ、そうだよな…俺なんか、あてにしないでいてもらった方が……」
「だから、代わりに、今から洗濯物干すの、手伝ってよ」
「え……? そ、そんなことでいいのか?」
「いいよ。しょうがないもん。行こう」
「……おう!」
一瞬ぽかんとしてから、シャンブレーは笑った。耳も後ろにピンと伸びる。かわいい。
私が歩き出せば、シャンブレーは落ち着き無く跳ねたり私を追い越したり右に回ったり左に回ったりしながら付いてきた。
そんなシャンブレーがうざったいやら愛しいやらで堪え切れず、私はシャンブレーが隣に並んだ瞬間を見計らって体当たりをかました。
「うひゃい! なっ、なんだよ!」
「あはは」
「な、なに笑ってるんだよ? 俺、なんかしたか…?」
シャンブレーは戸惑っている。私は笑顔が止まらない。何度逃げられても、自分勝手な言い訳をされても、結局私はシャンブレーが好きだ。


じゃねぇか。お前、怪我はもういいのか?」
シャンブレーと別れ、部屋に向かっていたところ、ブレディと鉢合わせた。開口一番に私の怪我を案じてくれる優しさに、思わず苦笑が零れる。
「うん、もうあんまり痛まないよ。この前はありがとう」
「おう、まあそれくらいしかできねぇからよ、それはいいんだが……」
そこでブレディは言い淀んだ。私は首を傾げて次の言葉を待つ。
「……お前、いつあんな怪我したんだ?」
「ああ。……この前、屍兵相手にちょっと油断したらやられたんだ。数が少なかったから、私一人で行ったの」
「そう、か、それならいいんだけどよ……」
ちらちらと私の傷あたりに視線をやりながら、言い難そうに頭を掻くブレディを見て、私は、ああ、気付かれているなあ。と思う。
ブレディにばかり傷の手当てを頼む私が迂闊だったと言えばそうなのだが、まあ普通に考えたら分かるのかもしれない。
シャンブレーが鈍感なだけなのだ。とくべつ、気付いたブレディが鋭いとかいうわけではない。
よくよく考えてみればセレナも、分かっていて呆れながら放っておいてくれているような節があるし、それなら当然のようにロランにも気付かれているだろう。
「あんまり怪我が多いようなら、クロムさんとか…言いにくきゃ、マークにでも言って配置、変えてもらえよ」
「うん、そうだね。ありがとう。心配かけてごめんね」
ああ、ブレディは、仲間思いでいいやつだなあ、なんて、彼の心配を無下にして怪我をしまくっている私が言うことではないのだろう。


シャンブレーが逃げる度に、彼と組んでいる私は彼の穴を埋めるために無茶をして怪我をする。


それはシャンブレーの立場を考えての行動だったのだが、そのせいで私が怪我をしている、なんて皆が思うようになったら、それこそシャンブレーの立場が危うくなってしまう。
これは考え直さないといけない。
「……はやく、平和にならないかなあ」
彼が戦わなくても済むような世界になればいいのに。彼が常に死を恐れなくてもいいような世界に。


それからいろいろと考えてみたのだが、シャンブレーをどうしたらいいのかはやっぱりよく分からなかった。
彼を何とかして戦わせるか、もういっそ前線に出さないか、それとも私がもっと頑張って、怪我をしなくても彼の穴を埋められるようになればいいのだけれど。
マークにも相談してみた。してみたが、「シャンブレーのプライドを刺激してみましょう!」とか言ってシャンブレーをいじくり倒している。軍師の考えることはよく分からない。
しかしマークに耳を結ばれて半泣きで逃げてきたシャンブレーはまあ可愛かったから、マークには感謝している。
「あれ、? どこ行くんだ?」
結局これといった解決策も見出せず、とりあえず私はがむしゃらに訓練している。
無理をせず、怪我をせず、それでいて任されただけの敵を的確に倒せればいいのだ、要は。大活躍をする強さなんて必要ない。
「訓練場」
「訓練場? 今日、全体訓練の日だったか?」
何も知らないシャンブレーは力の抜けた感じで聞いてくる。全体訓練の日くらい覚えてなよ。言いそうになって堪える。
「最近、怪我が多いからさ。もうちょっと鍛えなきゃなーって。シャンブレーも一緒にやる?」
「えっお、俺はいいよ! ほら、俺は」
「ダグエルの生き残りだから、万が一にでも絶滅したら困るし。でしょ」
「そ、そう!だから……あれ、えっと……、怒ってる……?」
「別に。なんで」
「えっと……いや、なんとなく、ピリピリしてるっていうか」
「シャンブレーさあ」
そりゃあ、ピリピリはしてる。シャンブレーに言いたいこともたくさんある。大体彼が逃げ出さずにいてくれればいいだけなのだ。
誰も彼に、実力以上の働きなんて求めていない。シャンブレーならできるから、任せるのだ。
それを。恐れて逃げて、シャンブレーより弱い私にその場を任せて、後になってから謝って、許されるともう忘れる。
残された私が、どうやってその場を切り抜けたかなんて、どうでもいいんだ、シャンブレーは。
「世界が、平和になったらさ、」
でも、結局私はそういうことを口にしない。口にしたら私たちの信頼は壊れてしまって、傷付くのは私だ。
「一緒に、安全でのどかな場所を探しにでもいいから、旅をしようよ。私、シャンブレーといろんなところに行きたい」
私になにもくれないシャンブレー。それは例えば、誠意とか、心配とか、そういう物も。
せめて、世界が平和になったら、シャンブレーの時間を少し私に、分けてほしい。どうせダグエルの寿命は私より長い。
少しの時間でいいんだ。今まで私がたくさんあげてきたものと釣り合わなくても全然いい。私が勝手にしたことだ。ただ、その結果がゼロというのはつらいというだけ。
今ひとつ私の発言を理解できていない様子のシャンブレーに微笑んで、私は訓練場の扉を閉めた。


シャンブレーがクロムさんに「戦場での配置を変えてほしい」と申し出たらしいと聞いたのは、それから数日後のことだった。


「シャンブレーは、私が怒ってると思ったのかな」
「知らないわよ、シャンブレーのことなんか。でもまあそう思ってるとしたら、あいつの目って節穴よね」
「怒ってるか怒ってないかって言われたら、怒ってたかもしれない。でも仲違いしたかったわけじゃないんだよ」
「それくらい分かってるわよ……ってちょ、ちょっと、アンタ、元気出しなさいよね! あんな奴と組まなくて済んで良かったじゃない!」
噂を聞いて、真っ先に私を問い詰めに来たのはセレナだった。私もシャンブレーから何も聞いていないから、何も分からない、とだけ答えた。
それから何かというと声を掛けに来てくれるから、なんだかんだでセレナは優しいと思う。今日はノワールも一緒で、セレナの後ろで心配そうにしている。思った以上に、「シャンブレーとが喧嘩した」という噂はみんなの間に広まっているらしい。
「シャンブレーだってきっと、に怒られるからって理由で配置を変えてもらったわけじゃないわよ……いつもが助けてくれるから、申し訳なくて、このままじゃいけないって思ったんじゃないかしら……?」
「……」
そうだとしたら、申し訳ないのは私の方だ。全てはシャンブレーに頼ってもらいたくて、私が勝手にやったことだから。
「大体、あんたが甘やかしすぎるのもいけないのよ、あんたが助けてくれるって思うから、シャンブレーもすぐに逃げてたんじゃないの?配置を変えて足の引っ張り合いがなくなるならそれでいいじゃない」
「セ、セレナ……」
慌ててノワールが遮ると、ハッとしたようにセレナは口を噤んだ。私は俯いて、自分の爪先をじっと見つめた。
配置が変わってから、シャンブレーが戦いの最中に逃げ出したという話は聞かない。私も随分戦いが楽になった。それは私達が足を引っ張り合っていたということだろうか。私はシャンブレーを甘やかしていたのだろうか。
私なんていないほうが、シャンブレーにとっていいのだろうか。
「私、シャンブレーのためにって思ってた。シャンブレーが怖がるのは仕方ないことだから、カバーしようって。それでシャンブレーが喜んでくれたらいいなって。でも、私、間違ってたのかな」
「もう! そんなに思いつめることないじゃない! だったらシャンブレーに直接聞いてみればいいじゃないのよ!」
「……で、できないよ、そんなの、こわいよ……」
じわ、と視界が歪んだ。シャンブレーに距離をとられた。それがこんなにショックだとは思わなかった。私は勝手に、「これだけやったんだから好いてくれているだろう」と思っていた。最低だ。
もしそうじゃなかったら。全部私が勝手に空回っていただけだったら。それを確かめるなんてとても怖くてできない。どちらにせよ彼はもう私を頼ってこないのだ。私はもう、不要なんだ。
「怖いって、シャンブレーじゃないんだから……もう、しっかりしなさいよ!」
涙をぱたぱたと零す私の背中を、セレナがさすってくれた。
シャンブレーじゃないんだから、という言葉に、ふと思う。

私は、シャンブレーがいたから、強い私でいられたのかもしれない。

未来で戦い続けていた頃、「怖い」というのが怖かった。口に出したら、自分が弱くなってしまう気がして怖かった。強いふりをしなければ折れてしまいそうだった。
そんな私をシャンブレーは頼ってくれていた。強くいさせてくれていた。恐れる気持ちを押し込めて、なかったことにしようとした私の代わりに、弱音を吐いてくれた。泣いてくれた。だから私は、折れずにいられたのかもしれない。
シャンブレーがいなければ、私は怖くなんかないと気持ちを押し込めたまま、そしていつか我慢できずに弱音を零して、泣いて、立ち止まって、そのまま折れていたかもしれない。

私ばかりがたくさんのものをあげてきたなんて嘘だった。私はシャンブレーから、たくさんのものを貰っていた。

「セレナ。私、やっぱり、シャンブレーがいないと駄目みたい」

顔を上げてそう言うと、困ったような顔で私の背中をさすっていたセレナは、溜息をついて苦笑し、「みたいね」と返してくれた。
「ありがとう。シャンブレーと話してみる」
そう言って私は踵を返す。ノワールが優しく微笑んだ。
「いってらっしゃい」



テントが立ち並ぶ中を駆ける。ここ最近見掛けないので、きっと自由時間は自分のテントで過ごしているのだろう。
シャンブレーのテントの前で深呼吸する。意を決して、入り口の布に手を掛けた瞬間、
「うひゃい!!」
「うわっ!?えっ、あっ、シャンブレー……」
丁度内側からシャンブレーが出てくるところだったらしい。まず私に気付いたシャンブレーがいつものように大げさに驚いて、私も予想外の大声に心臓が止まるかと思うほど驚いた。
「だ、誰だよ、俺に何の用だよ、絶滅するかと……え、あれ、……?」
私が胸に手を当てて心臓を鎮めようとしている間、シャンブレーはひとしきり慌ててから私が誰だか気付いたようだった。
「えっと、あの、話があって来たんだけど……今、いい?」
「えっ? お、俺も今に話をしに行こうと思ってたんだけど……」
「え、なに」
「い、いや、いいよ、の話が先で」
促されたので、頷いてもう一度深呼吸する。顔を上げて、問うた。
「あのね、シャンブレー。どうして、配置、変えたの?」
「あー……うー……ん」
シャンブレーは困ったように後頭部を掻いている。いくらシャンブレーが鈍いとはいえ、このタイミングで話があると言われれば大体予想は付くだろう。
「それはさ、なんて言うか、その」
「私、シャンブレーの邪魔だったかな」
「はっ?」
「それとも、私が怒ってると思った?」
「い、いやいやいや!そういうんじゃないんだって!だから、その、……」
シャンブレーが言い淀んでいる隙に、私は言葉を続ける。考えたことを、感じたことを、一息に言ってしまわないと挫けそうだった。
「私、シャンブレーと一緒がいい。シャンブレーがいないと駄目なの」
「えっ……!?」
びく、とシャンブレーの耳が揺れた。そしてその顔がみるみるうちに赤くなる。
「な、……なんでだよ、俺、いつもお前の足引っ張ってばっかりで、……俺こそ邪魔じゃないか! 俺がいなければはもっと戦えるし、怪我だってしないし、俺なんかいないほうが」
「そんなことないよ!!」
思わず口を挟む。勢いづいて一歩前に出ると、シャンブレーはじりと後ろに下がった。
「……そんなこと、あるじゃないか。あの時だって、お前……だから、俺、の隣で戦えるくらい、強くなろうって、勇敢になろうって……」
俯いていたシャンブレーが、ちらと上目遣いで私を見る。ばちっと目が合って、私は自分の頬が熱くなるのを感じた。なにそれ、そんな答えは予想外だ。ずるい。
「俺も、と一緒がいい……だから、にふさわしい俺になろうって。だから、がいなくても大丈夫なようになって、の足を引っ張らずに戦えるようにならなきゃって」
「そん、なの……そんなの、いいのに! 私……シャンブレーがいるから、頑張れるの!シャンブレーが頼ってくれるから、シャンブレーを守りたいって思うから、これまで頑張ってこれたの……っ!」
「っ、……」
「だから、シャンブレーはそのままで全然いいの。でも、私、シャンブレーが私のために強くなろうって思ってくれたのは、すごく、嬉しい、よ」
ああもう、駄目だ。調子が狂う。顔があまりに熱いので、思わず掌でぱたぱたと仰ぐ。
「お、俺さ、に、あげたいものがあるんだけど……」
そんな私に止めを刺すかのように、シャンブレーはばたばたとテントの中に引き返し、何かを手にして戻ってきた。
深い茶色の……マフラーだろうか。
「これ……あのさ、ンンの母ちゃんが、お世話になった人に自分の鱗を編みこんだ腹巻をあげたことがあるって聞いて」
「まさかこれシャンブレーの毛!?」
仰天して叫んでしまった。あのシャンブレーが!自分の毛を!?
「そ、そうしようかと思ったけど痛そうだったから普通に」
「なんだ違うのか」
拍子抜けして息を吐き出す。安堵半分、がっかり半分と言ったところだ。
「でも、俺の毛皮だと思って使ってくれよ!は寒がりだから、これがあれば便利だろ?」
シャンブレーは、満面の笑顔でマフラーを私の首に回した。ああ、やっぱり馬鹿なシャンブレー。
「ありがと」
嬉しくて口の端が上がっていくのを感じる。
私は寒がりなんかじゃない。私はシャンブレーが好きだからシャンブレーの毛皮をもふもふしているだけなのに、シャンブレーはそれを勝手に寒いからだと解釈しているのだ。
自分の毛を編みこもうとして、痛そうだからやっぱりやめるシャンブレーが好きだ。そんなシャンブレーが、一瞬でも私のために自分の毛を使おうと思ってくれた。これはすごいことだ。嬉しかった。とても嬉しかった。
「シャンブレー、あのね、私、これからもシャンブレーの隣で戦いたいな。戻ってきてよ。私、シャンブレーにたくさん助けられてたんだって気付いたんだ」
「?何言ってるんだよ、いつもが俺を助けてくれるだろ」
「ふふ」
私がごちゃごちゃ考えていることは、シャンブレーには分からないだろう。私がシャンブレーを助ける打算とか、本当は弱虫なところとか、実は暑がりなこととか、シャンブレーはたぶんこれからも知らずに過ごすだろう。
そんなシャンブレーに、私はこれからも何度も救われるだろう。

私は、シャンブレーが好きだ。


















「あれ、そういえば、シャンブレーさっき『あの時だって』みたいなこと言ったよね。あれ、いつのこと?」
「あ?ああ、あれはほら、が前に、一緒に旅をしようって言っただろ」
「ああ……ん?じゃああの時だってっていうのは、あの時も私が怪我をしたからってこと?」
「いや、あの時、、泣きそうだったように見えたから……え?怪我してたのか?」
「えっ、あっいや、してない。してないよ」
「怪我したのか!?したんだな!?危ないじゃないか!」
「だってシャンブレーが逃げるんだもん!」
「うっ……」
「……でも、そうか、あのとき私、泣きそうだったかあ……」