原罪ヘミモルファイター
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斬る。斬る。斬る。

数年前までは街だったはずのこの場所は、今はもう見る影もなく、破壊され、燃やされて骨組みだけがぬっと灰色の地面から飛び出していた。
ただただ単純に襲い掛かってくる屍兵を、こちらもひたすら単純に、殴って、蹴って、叩いて、斬って、潰して、殺す。
どれぐらいこうしていたのか分からない。ノワールの叫び声が遠くに聞こえた。いつの間にあんなに離れてしまっただろう。その更に先のほうであがる火柱は恐らくンンだ。空ではジェロームとシンシアが屍兵たちを迎撃している。
次々と迫り来る屍兵をなぎ倒し、押し返しながら、改めて私は戦況を確認する。一人あたりの敵数が多すぎる。このままでは前線を維持できない。何人か怪我で抜けたのだろうか。少し離れたところにデジェルの姿が見える。左にはアズール。そして、

シャンブレーがいない。

気付いた瞬間、全身の血が沸騰するかのような心地がした。頬のすぐ横を矢が掠め、我に返る。
しっかりしろ。仲間の状態を確認している暇なんてない。彼がいないのが怪我のせいだとしても、また脅えて逃げてしまったのだとしても、とにかく目の前の敵を倒さないと。いや、でも、若干押されている。どうやらシャンブレーの抜けた穴が大きい。まだ誰も気付いていないのか、誰もフォローしていない。このままではシャンブレーの抜けた場所から総崩れになる。
!後ろです!」
投げられたロランの言葉にはっとする。間一髪、屍兵の槍を転がって避ける。すぐにそいつの腕を切り飛ばした。
「どうしたんですか、。一瞬の油断が命取りになりますよ」
さっとロランが後ろについてくれる。彼はいつでも全体を見ている。きっとこちらが押されていることに気付いたのだろう。
「シャンブレーがいないの」
「……っ、またですか……いえ、言っても詮無いことですね。怪我人の中に彼の姿はありませんでした。おそらくまた、その、逃げたのでしょう。彼無しで持ちこたえられますか」
「際どい。だから連れて来るか悩んでたところ」
「ただでさえ、数ではこちらが負けています。もしすぐに連れ戻せるなら、そちらの方がいいかもしれません」
「その間、ここは」
「今、ウードが治療を受けているところです。ここに入ってもらいましょう。、あなたはすぐに行ってください」
「分かった。ごめん。すぐ戻るね」
「お気をつけて」

頷きを交わして、私は走り出した。砦代わりの廃墟を駆け抜ける。最後に見た時、シャンブレーはどっちにいた?
人の気配がない方へと走る。シャンブレーは耳がいいから、人が来ればきっと動揺するだろう。それを見つけるしかない。
「シャンブレー!私だよ!敵じゃないから!出てきて!」
カタン。物音が聞こえた。自分が出した音に驚いたらしく、ガタガタッという音が続く。
音の方へ視線をめぐらせる。シャンブレーが隠れそうなところ。崩れた家と家の間、こじんまりとした小屋。あれだ。覗き込めば、白い耳が壁の影からはみ出していた。
「見つけた」
声を掛けると、耳がぴいんと立った。
「心配、したんだよ」
「……っ、……っ」
ゆっくりとシャンブレーに近付き、私もしゃがみ込む。シャンブレーの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。何度も腕で拭ったのだろう、目の周りは真っ赤だし、腕の毛もぺったりしている。
「俺……こわ、くて」
「うん、分かってるよ。大丈夫だよ。大丈夫だから」
私の姿を認めたシャンブレーは、ますますぼろぼろと泣き出した。私はその頭を抱いて、よしよしと撫でる。
「今日こそ、絶滅するんじゃないかって、思ったら、俺」
「うん」
「訳が分からなくなって、俺が逃げたせいで、他の奴らが死んだらどうしようって、思うのに、気が付いたら、ここにいて」
「うん」
「戻らなきゃって、思ったんだぜ……? それなのに……」
「うん。分かってる。分かってるよ。シャンブレー」
シャンブレーが落ち着くまで、私は彼の頭を撫でる。私には、死ぬのが怖いとかそういう気持ちは正直あまりよく分からない。誰かが死ぬのは怖いし悲しいけれど、いつか自分が死ぬということになると全く実感が湧かない。
だから、シャンブレーはかわいそうだと思う。この世界に残った唯一のダグエル。物心つく前からずっと、「お前の終わりがダグエルの終わりだ」と言い聞かせられて育ってきたシャンブレーは、幼い頃からずっと死について考えていたのだろう。
「もう、嫌だ、俺……逃げたい。誰も死なない安全なところに行きたい……」
「でも、……ギムレーを倒さないと、世界は平和にならない、ごめん、残酷だと思うけど……戻ろう、シャンブレー。一緒に戦ってほしいの。シャンブレーのことは私が守るから」
「……っ、でも、だって、分からないじゃないか!!」
ぐい、と身体を離された。そのくせシャンブレーの瞳はすがるように私を見つめている。
「父さんだって、ほかのみんなだって、大丈夫だって、言ったじゃないか!! でも、誰も戻ってこなかった!! だって、そう言って、……もし、今日こそ、が、死んだら」
せっかく落ち着いてきていたのに、シャンブレーはまた泣き出した。夕立みたいにぼろぼろと涙が落ちていく。私は困ってしまった。

『絶対に死なない』なんて、言葉で言うのは簡単だ。けれど絶対なんて無いと、私もシャンブレーも分かっている。分かっているからシャンブレーは泣いて怖がっているのだ。でも、だって、戦わないと。戦って、生き延びて、ギムレーを倒さないと。こんな毎日がずっとずっと続く。死に脅えて、そんな恐怖を誤魔化して大丈夫、大丈夫と言い続ける日々がずっと続く。
だからどんなに危険でも、私達は戦わないといけないし、どんなにシャンブレーが泣いて嫌がっても、彼の力を計算に入れないといけないのだ。それでも勝率なんてほとんどゼロみたいなもので。その確率にすがって、いつかきっと平和な世界にと、それだけを考えて私達は命を散らし続ける。
どうしたらいいのかなんて、私達ももうとっくに分からなくなっているのだ。ルキナもロランも、戦いのない夜は不安に泣くこともある。ノワールもアズールも毎日震えながら戦っている。どうしたらいいのか分からない。私はシャンブレーに何をしてあげられるだろう?
「死な、ない、から……お願いだから、戻ろうよ、シャンブレー……今、私の代わりにウードが戦ってるんだよ。怪我してるんだよ。ねえ、私は大丈夫だから、シャンブレーも私が守るから、大丈夫だから、戻ろう、シャンブレー」
言いながら、私まで子供のように泣きそうになっていた。シャンブレーは私にすがりついていて、私もシャンブレーにすがりついている。
「嫌だ、うそだ。だってまでいなくなったら、俺……っ、どうしていいか、分かんねえよ……」
「やめてよう……私ももう、どうしていいか分かんないよ……う、ぇ」
嗚咽が漏れる。だめだ、気持ちが折れたら戦えなくなるのに。夜を怖がる子供のように、私とシャンブレーは額を寄せ合って泣いていた。でも、だめだ。あきらめたらだめなんだ。だって私は、ロランにすぐ戻ると言った。また戦うと、宣言した。
シャンブレーにすがりついていた腕を放して、涙を拭う。息を大きく吸って、吐く。この瞬間もみんな戦っている。私が弱音を吐いてどうする。

「お願い、シャンブレー。一緒に来て。……シャンブレーがいないと戦えない私でごめんね。シャンブレーが戦わなくてもいい世界に、いつまで経ってもできなくて、ごめんね。お願い、一緒に戦ってほしいの」
改めて、シャンブレーの前に手を差し出した。シャンブレーも泣き腫らした目で、こちらを真っ直ぐに見返してくる。

ぼろぼろの顔で、ぼろぼろの街で、私達は見つめ合った。
シャンブレーも涙を拭った。深呼吸をして、顔を上げる。もう、かよわいウサギちゃんの顔ではない。ダグエルの戦士の顔だった。
シャンブレーだってきっと、今まで何度も自分を誤魔化して、この戦いが終われば安全だから、終わらせさえすれば大丈夫だからと、何度も何度もこうして立ち上がってきたのだろう。それでも終わらない戦いに脅えて、逃げて、けれど戦いを終わらせるために、こうして泣きながらこれからも戦うのだろう。
私の手をシャンブレーが取る。ふたりで立ち上がる。頷き交わして、私達は廃墟を戦場へと歩き出した。

「ねえシャンブレー。世界が、平和になったら、なにしたい?」
「平和になったら……ニンジン畑に住みたいな。広くて、ニンジンがいっぱいで、危なくなくて」
「そっか。いいね。私もそれにする」
「ああ。一緒にニンジン畑を作ろう」

握った手は暖かい。ああ、シャンブレーはまだ生きている、と思った。「走るよ!」そう言って駆け出すと、シャンブレーは握った手を離さないでついてきてくれた。それがとても嬉しかった。

明日、私が死ぬかもしれない。明日あなたが死ぬかもしれない。
けれどひたすらに大丈夫、大丈夫とだけ言って、どうなるかなんて考えずに、私たちは明日へ、明日へと走っている。






これから過去に飛んで幸せになるので大丈夫です!!!!!!