原罪ヘミモルファイター
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!」

気味の悪い赤黒い空の下、黒い炎の上がる戦場。突然、とても聞き慣れた、でも懐かしい声が聞こえた。
それから、どうっと音を立てて、大きな黒い生き物が戦場に飛び込んでくる。

「……シャンブレー!?」
私は驚いて名前を呼んだ。私がシャンブレーを見間違えるはずはない。でも、彼がここにいるはずがないのに。シャンブレーは今頃、私たちと同じように、宝玉を探して遠い地で戦っているはずなのに。
飛び込んできた兎は力強く屍兵を蹴倒し、次の敵に飛び掛かる。えっ、かっこいい。シャンブレー? 本当にシャンブレーなのだろうか?
戦況は劣勢だった。そのはずなのに、私が混乱しているうちに、あっという間に辺りの敵はいなくなってしまった。よく見れば、シャンブレーらしき兎以外にもたくさん増援が来ている。どの顔も見知らぬ顔だ。

、怪我はないか? 大丈夫か?」
「えっ、えっ、シャンブレー? なんでここにいるの? ウード達は?」
人の形に戻ったシャンブレーが手を差し伸べてくる。こうなったらもう間違いない。いないはずのシャンブレーが、そこにいた。
「いや、えっと、話すと長いんだけどさ……」
シャンブレーはしばらく言葉を探して、それから急にぺしょ、と耳を垂らして悲しそうな顔をした。
「後でゆっくり話したいんだけど、あんまり時間がないんだ」
「え、う、うん。どうしたの?」
シャンブレーが悲しそうなので、なんとなくいつもの癖で、背伸びをして頭を撫でた。シャンブレーはますます情けない顔で「やめろよお」と鳴く。
「泣いちゃうだろ! 泣いちゃったらなんにも話せなくなるだろ!」
「……ほんとにどうしたの?」
ブレディみたいなことを言う。訳が分かっていない私を前にして、シャンブレーは今度はきょろきょろと周囲を窺った。
「大丈夫かな。ちょっとくらい話してても大丈夫だよな……?」
シャンブレーと目が合った知らない人が、いいよいいよ、という感じで頷いた。増援の人たちは鬼のように強く、屍兵たちをばったばったとなぎ倒していく。一体何者なんだろう。
「俺、未来から来たんだ」
「……え、は?」
「いや、あれ? でも過去なのか? でも俺からしたら未来っていうか……」
「ちょ、ちょっと、落ち着いてよ、シャンブレーが分かんなかったら私もっと分かんないよ」
「未来! 未来から来た!」
荒唐無稽なことを、大真面目な顔でシャンブレーは言った。
達を助けに、未来から来た」


「今の世界には、母ちゃんがいるんだ。父ちゃんもいる。クロムさんとかルフレさんとか、強い人がいっぱいいる。俺も戦うけど、最前線じゃなくても全然大丈夫だし、毎日知ってる誰かが死ぬほどの怪我したりもしない。 今はまだ戦ってるけど、そのうちきっともっと平和になると思う。そんなこと、前の世界にいた時は思ったことなかった。すごいことだろ?」

今私の前にいるシャンブレーは、私の知っているシャンブレーとは少し違っていた。少しだけ大人びた顔つきをしていて、纏う雰囲気も少し落ち着いて、それからすごく強くなっていた。

「夜眠るとき、怖くないんだ。そりゃ大きい戦いの前日とかは怖いけど、毎日怖くて眠れないとかはなくなった」
申し訳程度に、他の人たちにくっついて戦場を移動しながらシャンブレーが説明してくれた。「未来」というのは正直よく分からなかったけど、とにかく誰も死んでいなくて屍兵に蹂躙されていない世界、というのがあって、私たちの世界まで救いに来てくれたらしい。夢みたいな話だな、と思った。信じられないような話だけど、実際に彼らは強くて、それにこの世界の私達よりずっと希望のある目をしていたから、きっと本当の話なんだろう、と思う。
「でも……今の世界に、はいないんだ」
シャンブレーの態度から、なんとなくそうだろうな、と思っていたけれど、はっきり言われるとやっぱり少しショックだった。そんな夢みたいな世界に私も行ってみたかったな、と思いかけていたので。それに、私がシャンブレーを幸せにしたかったな、という気持ちも少しあった。

、最後に大丈夫だよって言っただろ。私がいなくても大丈夫だよって。だから、大丈夫だったよって言いたかったんだ」
シャンブレーは私の知らない最後の話をする。その声が少し震えていた。私は隣を歩くシャンブレーの顔を見たけれど、シャンブレーはこっちを見なかった。
最後とやらの記憶は私にはないけれど、まあ、私なら言うだろうな、と思った。私がシャンブレーを幸せにしたかったけど、私がいなくても幸せにはなってほしいから。なので、「そっか」と相槌を打つ。シャンブレーが大丈夫だと言えるようになったなんて、すごいことだ。嬉しいことだ。死んだ私も、きっと私と同じように喜んでいるだろう。
「でも俺やっぱり、がいないのは嫌だよ」
「────」
……びっくりした。シャンブレーにそんなことを言われることなんて、一生ないと思っていたから。いや、シャンブレーは死んだ私に向かって言っているんだろうから、ある意味確かに一生なかったんだろうけれど。もう一度シャンブレーの顔を見ると、シャンブレーも私の顔を見ていた。情けなく眉が下がって、さっきまでの大人びた顔ではなく、いつものうさぎさんの顔になっている。
「他の皆はいるのに、だけがいないんだ。楽しいことがあっても、しんどいことがあっても、だけいないんだよ。俺そんなの嫌だよ、ずっと一緒にいたじゃないか!」
シャンブレーの声が上ずる。瞳からぱたぱたと雫が落ちた。

ああ、私は……なんて馬鹿だったんだろう。
私は、私がいなければいないで、シャンブレーは元気にやっていくんだろう、と思っていた。時間が経てばそんな奴もいたなあと言えるくらいに風化していく存在なんだと思っていた。でも、シャンブレーの中で、私がいなくなって空いた穴は今でもずっと残っているのだ。
「ごめんね、シャンブレー」
私が足を止めると、シャンブレーも合わせて足を止めてくれた。私は親指でシャンブレーの頬をぬぐう。私の頬より硬いシャンブレーの頬が好きだ。
「私は……シャンブレーが楽しければうれしいし、シャンブレーが泣いてたらいやだよ。たぶんそっちの私もそうだったと思うから。側にいなくても、きっと私も同じ気持ちだと思ってくれていいよ」
少し無責任かもしれないなと思いながらも、少しでも穴を埋めたくてそう伝えると、シャンブレーの目からまた雫が落ちた。でも、シャンブレーはぐっと目を瞑って涙を振り落とすと、それから「うん」と応えた。
にまた会えてよかったよ」
つよい子だ。シャンブレーは大丈夫。私の空けた穴が塞がらないとしても、きっと幸せになれる。

じきに戦場は片付いた。先陣を切って戦うルキナのお父さんはかっこよかったし、シャンブレーのお母さんも遠目に紹介してもらった。格好良くて強そうな人だった。ルキナが泣いている姿を初めて見た。ロランもたぶん泣いていた。本当に、奇跡のような人達だった。
帰ってしまうシャンブレーに向けて、私は手を振る。それから、今のシャンブレーになら言っても重荷にならないかな、と思って、こう声をかけた。
「じゃあね、シャンブレー。長生きしてね」
そう言うと、シャンブレーは一瞬目を見開いて、それからくしゃっと顔を歪めた。
「うん」
それから、彼らは光に包まれて、消えた。


私はしばらく、彼らが消えていった空を見上げていた。
ああ、早くまたこの世界のシャンブレーに会いたいな、と思う。
まだ大丈夫じゃないこちらの世界のシャンブレーが、大丈夫になるような世界にしよう。
それから、あちらの私ができなかった分まで長生きしよう。