原罪ヘミモルファイター
作品一覧にもどる


「こちらになります」
茫とした瞳で、女が布に包んだ球体を差し出す。その瞳によく似てつめたく光る濁りの無い水晶は、ごろりと転がってこちらを見た。
透き通った水晶は、醜い己の顔を映して、揺れた。



―――醜い戦場を、醜い己が蹂躙する。
他者の血と己の膿が包帯に染み込む感覚がおぞましい。屍同然の己が、生者を鏖殺し一人呼吸をしていることの滑稽さが忌々しい。知らずヒヒ、と乾いた哂いが零れた。
すい、と数珠が大谷を囲んで浮び、回る。血を浴びて尚穢れぬ清澄。美しい透明が醜い己と醜い戦場を映して回るさまに吐き気がした。



法力の高い玻璃を探している。そう半兵衛に持ち掛けたところ、紹介されたのがその渓谷の細工師であった。
と名乗ったその女が、磨いた珠は確かに不思議と美しかった。覗き込めば覗かれる、物の怪のような玻璃であると大谷は思った。
ふわりと宙に浮かせば、女は驚いてその様を見つめた。凪いだ水面の瞳が見開かれる。
「まあ」
「ほう、手足の如しよ。これは良い」
ぷかりぷかりと浮く珠を、女の目が追う。その様が愉快でしばらく遊ばせた。
「どうして、そんなことができるんです?」
「ヒヒ、秘匿の法よ」
「素敵」
そう言うと女は笑った。無機物のような、それこそ玻璃のような印象の女であったが笑えばなるほど人間であった。美しい人間であり、楽しそうに笑う人間であった。大谷の忌む類の人間であった。
「妖の術に魅入られたか。良からぬ道ぞ、蛇の道ぞ」
「でも、私の玻璃に命が宿ったよう。素敵です」
無邪気な様子で言われれば居心地の悪さに唇が歪んだが、しかし彼女の研いた珠は、大谷に寄り添うように思う侭に、念ずる通りに動くのだった。



「どうだい、紹介した細工師は」
廊下で擦れ違った折に、半兵衛にそう問われた。
「どうにも底の知れぬ細工師でありましたな」
「君がそう言うという事は、相当なのだろうね」
ふふと半兵衛は笑う。
「玻璃の量も質も問題無し。あの山はまこと金の生る木、要所でありましょう」
そう言えば、半兵衛の瞳に悪戯な光が宿る。
「君のような人材が豊臣に居てくれて心強いよ」
「いやなに、全ては取り立ててくださった太閤殿の御陰」
顔を見合わせ笑い合い、痛くも無い腹を探り合う。空に釘を刺す単なる茶番だ。
「これからも、彼女に珠の細工を頼むんだろう? 仲良くするんだよ」
「久しくおなごと懇ろになどしていませぬ故、うまく靡きやるか、ヒヒ」
「ふ、君に言い寄られて靡かない女性がいるものか」
「またそのような買被りを」
いかに茶番といえど、愚を犯せば彼らは己を捨てるだろう。
玻璃の出る山とその細工師を豊臣の駒として掌握せよ、それが茶番の裏の任なのだ。
元よりあの山は徳川領だが、内部から懐柔するに越したことはない。
透明な女の視線を思い返し、大谷は僅か苦々しい心持で口の端を歪めたのであった。



そして戦場で数珠に瑕が付く度、大谷は山を訪れる。
「濁っておりますね」
差し出された珠を抱え、女は哀しげに目を伏せた。
「死の穢れは武将の業よ、詮無き事」
「あたらしい珠をけずりましょう。これを」
奥の戸を引き、まるい珠をころりころりと引き出す女にふと大谷は訊ねる。
「準備のよいことよ。なにゆえ珠の揃いやるか」
「磨いた玻璃は子のようなもの、離れていてもなにとなく分かるものですよ」
「子のわれに穢されるを、ただ見やるか」
「承知の上で嫁がせたのです、穢れも呪いも喰らうことを」
「ぬしも得体の知れぬ細工師よ」
「あら、ふふ、大谷様に言われてしまいました」
ささやかに笑う女を、正にみなものようだと思う。透きとおり実体の無い水面は、向き合う者をよく映す。
「玻璃は影見。貴方を底まで映し出すのですよ」
見透かしたような物言いで、女が手を伸ばす。大谷は白いその手を弾き落とした。

「われの底を知りたいか。虻蚊よりも醜いぞ」



「刑部! 珍しいな、お前がワシを訪ねてくるなんて」
山の帰り、その足で徳川へ足を運ぶ。面倒だがあの山は徳川領だ。黙って行き来をすれば角も立つだろう。
「近きを通り掛かったゆえな」
「歓迎しよう! 時間はあるのか?」
「否、ちらと顔を出しただけよ」
「そうか……」
傍から見てもそうと分かるほど、徳川は落ち込んでみせた。胃の腑が痒くなるような心地がする。
徳川は天道だ。目映く、正を騙り、焼き尽くすだけの。向き合うだけで己が焼け爛れてゆくのが分かる。
ただでさえあの女の瞳に晒されて爛れ融け落ちる心地にされたと云うのに。
そこまで考えて、ふと腑に落ちた。

あの女も所詮天道なのだ。