原罪ヘミモルファイター
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ヴォルデモート卿が死んだというニュースが世界中を駆け巡った日、人々は皆喜びに沸き立った。
それは私も例外ではなく、長い間立ち込めていた暗雲が消え去った開放感に酔い、話したこともないような人に声を掛けられても、この時ばかりは笑顔で応じた。
皆、道行く人々と笑いあいながら、よかったよかったと挨拶代わりに言い交わす。

そんな中、リーマス・ルーピンは一人、いつものように微笑みながら、きっと一人で痛みに耐えていたのだろう。


         セ
   ―Σείριος


「状況を整理したいの」

ルーピンの元に私が派遣されたのは、単に私がホグワーツ在学中に彼と同学年だったからだ。
「漏れ鍋」の隅の席で、卒業後初めて向かい合うルーピンは、記憶より疲れた顔をしていた。

「状況、と言っても、私は何も知らないんだ。何も」

ルーピンは目を閉じて首を横に振った。少しの間で、何年分も老けたような顔をしていた。ふと私は、その目元に真新しい切り傷があることに気付く。

「薬を飲んでいないの?」
「いろいろなことが一度に起こったからね。忘れていたんだ」

嘘だと思った。ルーピンの目には諦めが浮かんでいた。薬の調合が苦手な彼は、きっといつも誰かに薬を調合してもらっていたのだろう。そしてその誰かが、ヴォルデモート卿の知らせを聞いて浮き足立ち、彼の薬を忘れたのだ。
そう、いろいろなことが一度に起こった。ヴォルデモート卿が死んだ。ジェームズ・ポッターとリリー・ポッターが死んだ。ピーター・ペティグリューが死んだ。シリウス・ブラックが殺した。シリウス・ブラックはアズカバンに投獄された。
人々は、ポッター夫妻はヴォルデモートの死の礎となったのだと、尊い犠牲を哀しむふりをしながら大喜びしている。
ペティグリューは友の仇を討つために命を落としたのだと、英雄として祭り上げられ讃えられている。
ブラックは友を裏切り罪のない人々を殺した大悪党だと憎悪されている。

けれどその誰もが、ルーピンにとっては友だったはずだ。

「ポッター夫妻の居場所を知っていたのは、本当にブラックだけだったのよね」
「ああ。少なくとも私は、何も知らなかった」
「在学中、ブラックがあちら側と通じていると思わせるような言動は?」
「そんなものは……なかったよ。全くなかった」

呟くように答えてから、ルーピンはもう一度、目を閉じて首を振った。

「いや……私が気付かなかっただけなのかもしれない。私は結局、彼らのことを何も分かっていなかったんだ」

彼には親友と呼べる人間が三人いた。そのうちの二人は死んだ。もう一人が裏切ったからだ。

「今となってはもう、確かめる術もない」

彼だけが残された。そして今、彼は光のない瞳で、力なく微笑んでいる。

「確かめる術はあるわ。ブラックはまだ生きている。裁判が行われないなんておかしいわ。彼から聞き出すべきことはたくさんあるはずよ。あなたの証言があれば裁判を」
「やめてくれ、

ふいにルーピンの声に力が篭った。ルーピンは縋るような目で私を見て、もう一度

「……やめてくれ」

小さくそう、呟いた。
頬杖を付いていたルーピンは、ゆっくりと俯き、顔を覆う。

「君が、真実を知りたい気持ちは分かる。私だって、どうしてシリウスが……いつから、だったのか、知りたい。知りたいが……知りたくないんだ」
「どうして?納得の行く答えが返ってくるかもしれないのに?」
「どんな答えが返ってくるというんだ?私はもう、これ以上裏切られるのが怖いんだ。あの輝かしい日々が、嘘だったと、思いたくない……」
搾り出すような声だった。彼らがどんなに仲が良かったか、私だってよく知っている。そして、それを知る人ならみな、あの友情が嘘だったなど信じたくないだろう。
ルーピンの顔を覆う指に小さく力が入り、額に爪が食い込む。見ていられず、私は思わずその手を掴んだ。
「分からないじゃない!なにか、なにか事情があったのかもしれないじゃない!ブラックにはどうしようもないような何かが!」
「私の知っていたシリウスに、ジェームズを殺してでも優先しなければならない事情なんてあるものか!」
それは血を吐くような叫びだった。ルーピンは心の底から傷付いたような目をしていた。数秒、睨み合う。店の人々の視線を感じた。一つ咳払いをして、ルーピンの腕を離す。
「……確かに、にわかには信じられないけれど……」
「君は……なにか、なにかと言うが、そんな「何か」がどこにあるというんだい?シリウスはヴォルデモートがジェームズを殺す手引きをした。ピーターも殺したんだ。これに、どう納得の行く理由をつけられると言うんだい……?」
再び覇気の抜けた声で、ぽつりぽつりとルーピンは続ける。
「私だって考えたさ。信じたくなかった。信じたくなかったんだよ。けれど真実はどう見たって一つだ。ジェームズもピーターも私も、裏切られたんだ。シリウスに」
「……ルーピン」
「だから、すまない。、私は君の力にはなれない。私は何も知らなかったし、これ以上何も知りたくないんだ。せっかく来てくれたのに申し訳ない」
そして、ルーピンは微笑んだ。私を拒絶する微笑みだった。何もかも諦めたような。
「……分かったわ。私こそごめんなさい。不躾だったわ」
「いや、良いんだよ。それが君の仕事なのだからね」
「そうよ。私はこれからも真実を追求して、納得の行く理由を必ず掴む。それがどんなに貴方を傷つける真実でも。だから、ごめんなさい」
私は伝票を手に立ち上がった。
「もし、その途中で、ブラックに会うことがあったら……貴方から訊きたいこと、何かないかしら」
恨み言のひとつでも、と思ったのだ。私は最後に一度だけ、ルーピンを振り向いて問うた。ルーピンは少しだけ考えてから、自虐の笑みを強くして、


「訊きたいこと、そうだね。どうして私だけ、殺してくれなかったのか訊いてくれないかな」


死んだような目でそう答えた。私は絶句する。


彼にとって初めての友はシリウス達だった。それまではきっと孤独だったのだ。私は彼をよく知らない。彼が人狼になってしまったのがいつからなのかも知らない。けれど彼にとってシリウス達がどれほど大切なのかは、見ていれば痛いほどに分かった。
彼の中で、あの輝かしい日々はもう、嘘になったのだ。

私が何を言っても、あの日々の重さに比べれば塵のような軽さで、彼には届かないのだろう。それを承知で、私は答えた。

「きっと訊くわ。そして私は、ブラックはあなたを大切に思っていたから殺さなかったのだという方に賭ける。ポッターもペティグリューも殺したくて殺したのではないという可能性に賭ける。あなたの日々が嘘ではなかったという方に賭けるわ」

ルーピンは笑みを崩さなかった。それからは言葉もなく、私は「漏れ鍋」を後にした。




Σείριοςはシリウスの語源で「焼き焦がすもの」って意味なんだってさ~