「内村は優しいね」
しみじみとそう呟くと、内村は黒い帽子の下で眉を跳ね上げた。
「はぁん!?」
「なにをそんなに驚いてるの」
「は、おま、何言ってん、……優しくねーよ!」
「すごい動揺してるし」
「唐突すぎんだろ!!何のきっかけがあったよ!つか優しくねーし」
「いや、部室の戸を開けててくれたから、そういえばいっつも優しいなーって」
「閉めんぞ!!」
カッ!という擬音が付きそうな顔で内村が吼える。威嚇する猫のようだ。
黒い帽子で影になるせいで、内村の表情はよく見えない。と証言するのは、部活の仲間達である。が、それは彼が他の男子より頭一つ分、小さいからである。
身長が同じくらいの私からは、内村の表情は結構よく見える。今はとても赤い。男子って子供だなあ。と私は思う。ちょっと褒めただけでこんなに照れて。
「大体戸開けて待ってたくらいで優しいって何だよ、誰だってするだろうが!」
「あー…?うん、そうだね、神尾と伊武以外はみんな待っててくれるね。あいつらガキだよね」
「七分の五の確率で優しいじゃねえか!」
「や、きっかけだってば。きっかけ。そういえば、いつもさりげないけど優しいよなあって、改めて思っただけ」
「どこが」
拗ねたような顔で言われる。部室の外からは冷たい風が吹き込んでいた。先ほどまで汗だくの男子中学生たちががここで着替えていたため部室の中はまだ暑い。
待っていてくれる内村が嬉しくて、わざともたもたと備品を片付ける。
「石田とか桜井とかはさ、普通に優しいんだけど。あと森は普通にめっちゃいい子なんだけど。内村はさあ、相手に気を遣わせないのがうまいなあって」
「お前熱でもあるんじゃねーの」
「お礼とか言われると恥ずかしいんでしょ。だから隠れて優しくするんだ。私そういう内村好きだよ。いつも、すごく、助かる」
「やめろって」
消え入りたいとでも言うかのように、内村は小さくなっていた。外はもうそろそろ暗くて、帽子の輪郭が溶けて見えなくなっている。
「何度もお世話になったから、ちゃんと一回くらいはお礼言いたくて。ありがとね。そんできっと、これからもたくさん感謝するから、その分も」
帰りの準備を終えて、私は立ち上がった。ばちっと、内村と目が合う。内村は私の視線から逃れるように、ぐいと帽子を引き下げた。
どこかの夕飯の匂いがする。野球部の掛け声が聞こえる。
「……遺言みてぇ」
ぼそりと内村が呟くので、私は思わず噴き出した。
「なんだろう、最近涼しいから、ちょっとセンチメンタルなのかも」
「女々し」
「わたしおんなのこだよ」
「皮は、な」
「皮って。なにそれ。ひど」
笑いながら、内村の脇を通り扉をくぐった。ぱたん、と内村が部室の扉を閉める。がちゃがちゃと鍵を閉めながら、帰ろうとしている後姿にしつこく声をかけた。
「内村ぁ」
「んだよ」
「明日もテニスしようねぇ」
「……おー」
そっけなく右手を上げて応えた黒く小さい後姿を見送って、私も家路を急いだ。