原罪ヘミモルファイター
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帰りたくない、とあの人が言った。俺達だって帰らせたくなかった。それでも「帰らなくていいよ」「帰らないで」、そんな言葉をぐっと呑みこんでいたのだ。きっと重荷になるだろうから。あの人はいつも俺達の手を引いて前を向かせてくれた。あの人もきっと、前を向いて歩いていくのだろうと思っていた。信頼と羨望と、少しの寂しさでの混じった心で。

もう一度彼は言った。かえりたくない。駄々を捏ねる小さな子供のようだった。夕焼けに影が伸びて、彼はとても小さく見えた。信頼も羨望も寂しさも、その時砕けて散ったのだと思う。

「帰らなくて、いいっすよ」

口火を切ったのは俺だった。ああ、言ってしまった。結局一番前に進めていないのはきっと俺なのだ。

「そうだよ、帰ることないじゃん」
「なんとかして、ここにいさせてもらえるようにしようよ」
「ずっと一緒に居よう」

溢れかえるように言葉が続いた。既視感。あれは、冬の日の夜。病棟の廊下。

彼は笑った。

「じゃあ、帰らない」

きっと馬鹿な俺には検討もつかないほど、世界は選択肢で溢れていて。彼はきっと全てを分かった上で、それを選んだのだろう。
彼の笑顔は、まっさらだった。今までの笑顔は全て偽者だったのだと分かってしまうほどに。
憑き物が落ちたような、というのはこういうことを言うのだろうと思った。

あの冬の日も、選択肢を違えれば、こうなっていたのだろうか。
今も、選択肢を違えれば、彼は前を向いて春を迎えられたのだろうか。



「次のニュースです。解決したと思われていた連続殺人事件の―――」
「電柱に7人の遺体が連なり―――」



「お兄ちゃんたちは、桜の花になったの」
少女は小さく呟いた。