原罪ヘミモルファイター
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 鏡に映る自分が嫌いだった。かわいげのない鋭い目つきと、年々ばきばきと雄々しく育っていく骨格。さして運動をしているわけでもないのに勝手に付いていく筋肉。こんなのかわいくない。こんなのが自分だなんて嫌だ。虎になんて産まれなければよかった。小さいころから男だというだけで嫌だったのに、成長するごとに理想からかけ離れていく。同級生にからかわれたから、かわいらしい口調もやめた。だぜ、なんて口が裂けても言えなかったから自然と無難な敬語ばかり口をついて出るようになった。
「辛気臭え顔してんなあ」
 それを笑い飛ばしたのがライ隊長だった。
「お前、俺のところに来いよ」
 それからずっと、キサはライのことを好きでいる。

 ライの側はとても居心地が良かった。質問に対して表面だけの模範解答を返すキサに、ライは本音を言えよと言って頭を小突いた。なにかと絡んでくるリィレが、隊長、キサってばこんな図体でかわいいもの大好きなんですよ、と揶揄しても、ライはへえ、知らなかったと言って笑っただけだった。しまいには「この隊にキサがいてくれて助かった」なんて言い出すから、それだけでキサは胸がいっぱいになってしまった。ライの部下という肩書きだけで満足だった。
「好きです」
 満足だったはずなのに、どうして言ってしまったのだろう。ライの目がまんまるく開くのを見た瞬間、自分が零した言葉の意味に気付いて、キサは思わず踵を返し全力で逃げた。


 それからキサは、どうしたらいいのか一晩考えて、それから、冗談にすることにした。好きだ好きだと何度も軽々しく言えば、惚れっぽいミーハーの、薄っぺらい恋だと思ってくれるだろうと思った。それくらいなら、ライ隊長も受け入れてくれるだろう、隊長は優しいから。と思うとすこし視界が滲んだけれど、本気だと告げることなんてキサにはとてもできないのだった。ライが自分に向けてくれている感情は部下に対する信頼以外の何物でもないし、ライはガリアの中枢として戦士たちを引っ張っていかなければならない立場にいる。きっと大好きなんですどうしようもないんですと泣いて縋ればライは仕方ないなと側に置いてくれるだろうけれど、そんな重荷になる自分を想像しただけでキサは自分を殴り倒したくなるのだった。
 突然好き好き言い出したキサに、ライもリィレも驚いていたけれど(さすがにそれ以外の人の前でそんなことはできなかった)、リィレは乗っかって私のほうがライ隊長すきだもん、なんて仲間はずれにされた子供のように拗ねて対抗してきただけだったし、ライは初めこそ戸惑っていたものの、そのうちハイハイと流してくれるようになった。これで良かったのだ。

「キサの考えてることって、あたしにはむずかしくてよく分かんない。好きは好きじゃないの?」
 リィレの疑問に、そうねえ、とだけ答えると、今あたしのこと馬鹿だって思ったでしょ!と噛み付かれた。一通りじゃらしてやってから、好きの種類が一つだけだったら、こんなに悩まなかったのにね、と零すと、リィレはよしよしとキサの頭を撫でた。
「キサなんかムキムキでなよなよしててキモイし隊長に頼りにされてるからムカつくし、ぶっちゃけそんなに悩んでも意味ないとおもうけど、かわいそうだから慰めてあげる」
「ありがと」
 正直なのかそうでないのか分からないリィレの慰めに苦笑する。英雄たちは神の待つ塔に戦いに行った。もうすぐこの戦いは終わって、スクリミルが国王になって、ライはその補佐になる。そうしたらこの隊はばらばらになって、キサもリィレもライの部下ではなくなるだろう。
「お前が本気なことくらい、分かってたよ」
 旅立つ前、言いにくそうに頬を掻きながらライは言った。
「あんな顔されたら、どんなに鈍くたって普通分かる。……悪かったな。向き合ってやれなくて」
「いいんです」
「よくないだろ」
「いいんです」
 はあ、とライは溜息を吐いた。思わず身体が強張る。もう自分の部下ではないただのキサに、ライが何を言うのか怖かった。ずっと答えが出ないままでよかったのに。ライは一歩近付いて、ぐいと背伸びをした。そのままキサの鼻先にちょんと口をつけて、ライはじゃあ行って来る、と背を向けた。
「お前はいいやつなんだから、俺よりいい男……男? まあ、いいやつ見付けろよ」
 キサに親愛のキスをくれて、ライは行ってしまった。キサは口の中でだけそっと呟く。ライ隊長よりいい男なんて、どこにもいない。ライの部下という肩書きを失っても、キサはずっとライのことが好きだ。キサはライにとって何者にもなれなかったけれど、ライはずっとずっとキサの初恋の人だ。
(向き合ってくれて、ありがとう)
(ちゃんと失恋させてくれて、ありがとう)