原罪ヘミモルファイター
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「なあ、ライ」
浸蝕するような声だと、思う。
掴まれたこめかみがぎりぎりと痛む。視界に広がる掌の向こうで男は嗤っていた。
「気分はどうだ?」
狩られる側になった気分は。そう言いたいのだろう。相手は横たわる赤井の胴体に馬乗りになり、掌で赤井の頭をシーツに縫い留めている。ジ・エンドだ。これが、殺し合いであったならば。
「……悪くないな」
「ク、強がりやがって」
平静を装って答える声は僅かに掠れていた。喉の奥で男が嗤う。男が顔をこちらに近付ければ、長い銀の髪がざらりと頬を撫ぜた。煙の匂いがする。
「その眼、灼いてやろうか?」
覆い被さられ、長い髪に隔てられた視界がより暗くなる。男の笑みに縁取られた煙草の紅だけが眩しかった。ゆっくりとその先が近づいて来る。視界を紅が染めていく。
ーー臆するな。
念じても、胃の腑が冷えるような感覚は消えなかった。本能が恐怖している。視覚は、視覚だけは駄目だと頭の奥がしきりに警鐘を鳴らす。

この眼は赤井の一番の武器であった。獲物に狙いを定めるとき、赤井の感覚の全てはこの眼と、引き金にかかる指先だけに集中する。「狩る側」である赤井にとって、視覚は全てだった。この眼こそがスナイパーたる「赤井秀一」そのものであると言ってもいい。
その眼を、焼かれたら。

びくりと身体が勝手に身動いだ。その身体を抑え込むジンは、心底楽しそうにまたひとつ喉を鳴らす。
「どう思う?ライ。冗談だと思うか?」
ただの冗談だと信じることしか、どの道赤井にはできないのだ。既に自分はこの身を委ねてしまっている。
組織にとっても赤井の眼は武器であるはずだ。ジンがわざわざその眼を焼く理由はどこにもない。裏切り者だとはまだ気付かれていない、はずだ。
だが、そんな理屈ではこの男の行動は測れないことも、赤井はよく知っている。ジンが本当にその気なら、このまま自分は右目を焼かれるだろう。
抵抗、すべきか。その気になれば眼だけは守れるだろう。それとも、ジンに隷属を示してその眼を晒し続けるか。
考えろ。『確実にこの組織を潰すために』、今自分が選ぶべきはどの選択肢だ。見極めろ。恐怖に思考を乱されるな。
一度深く息を吸う。炎に眩んでよく見えない右目から、左目に意識を写した。顔を押さえつける指の間から、ジンの表情を見る。
ジンは、

「──フン、つまらんな」
そう吐き捨てて、身体を起こした。
そして乱雑に煙草をベッドサイドの灰皿に押し付ける。
突然開放された視界に戸惑いながら、赤井も身を起こした。
「なん、」
「いたぶり甲斐がねぇ。持ち直しやがって」
興が覚めた、と言い捨てて、そのままジンは立ち上がった。本当にこれで終わりらしく、コートを羽織っている。
「大人しく震えてりゃあ、可愛がってやったんだがな」
「それはこの眼を?それとも」
「どっちも、だ」
「善処しよう」
いつもの調子でそう返してやれば、ジンは嘲笑を浮かべ鼻を鳴らした。それからこちらに背を向けて、部屋を出て行く。
「惨めに震えてるお前も悪くなかったぜ。眼を閉じなかったのは評価してやる」
言い捨てられた言葉の後に、バタンと扉は閉じられた。そこでようやく、赤井は長い息を吐く。
(なんだったんだ、アレは)
気まぐれだったのか、それとも試されていたのか。気分が悪い。撃とうとした的が消えたような気分だ。

ジンが手を離す直前、左目で見据えたあの表情。
温度のない銀の眼は、赤井という獲物をただ観察していた。