原罪ヘミモルファイター
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風鈴がちりんちりんと鳴っていた。涼しくなりかけた夏の終わりの風が揺らしている。
「司令官~」
 へにゃ、と鳴いて青葉は僕の背中に声を掛けた。見れば机に突っ伏して脱力している。艦娘たちの提督に就任してから解ったのだが、少女たちは時折こういう鳴き声を発する。それは気の抜けたときに無為に出るものだったり、少女同士の意思疎通のためのものだったり、男を誘惑するためのものだ。今のはたぶん無為のもの。
「司令官~、提督さーん、もしもーし、青葉です」
「聞こえてるよ」
「宿題が終わらないのです。青葉困ってます」
「艦娘にも宿題はあるのか」
「ほんとは免除されるんですけど、でも置いてかれたら困るじゃないですかあ」
「?」
 戦いが終わったら、学校に戻るんですから、と青葉はその清かな声で言った。言葉とは裏腹にその手はシャーペンをくるくると弄ぶだけだ。
 戦いが終わると思っているのか、戻れると思っているのか、と考えて黙る。少女という生き物にかける言葉ではないような気がした。
「司令官はどんな学生だったんですか?」
 青葉はシャーペンをマイクに見立ててずずい、と差し出してくる。いいから宿題をしなさい、と返せば青葉は眉を八の字にしてはぁいと答えた。
「普通の学生だったよ」
 ノートにさらさらとなにかを書き込みながら青葉が僕の言葉に神経を向けているのが分かる。
「普通の軍人になって、普通の司令官になった」
「んん、そこをもうちょっと詳しく!」
 そこを、と言われてもどこをだか分からない。黙っていると青葉は少し困ったようにシャーペンの背で唇をつついた。瑞々しい唇は確かに年頃の娘のそれだ。普段艦として、部下として扱っている彼女らが女の顔をするとき、僕はとても困る。
「彼女とかいなかったんですかあ?」
「いないよ」
 二言目には愛だ恋だと口にする彼女らの心理が僕は分からない。女という生き物は分からないし、さらにその中でも艦に成り得るような精神を持つ少女など余計に理解できない。自分以外の精神を背負うなんて想像もできないし吐き気がする。それを平気で胎の中に入れて少女面している生き物が僕には理解できない。
「青葉」
 彼女には他に名前があるのかもしれない、と初めて思い至った。あるのだろう。青葉だけでなく他の娘たちにも名前があり少女としての心と生活があり夏休みの宿題があるのだろう。眩暈がした。
「解体してあげようか」
 青葉はぽかんとした顔で僕を見つめて、ちりりんと風鈴の音だけが響いていた。
「な、な、なんですか急に、司令官」
「学校に戻りたいか」
 言葉を重ねれば青葉はようやく得心してああ、と抜けた声を上げた。それからううんと考えるそぶりを見せる。癖なのか、やはりシャーペンで唇をつついていた。そういえば取材だなんだとメモを取る時もそうしていた気もする。興味はない。
「司令官、青葉はこれが終わるまで、抜けるつもりないですよ」
 これ、と言った言葉に何が詰まっているのか僕には分からない。僕の考える戦と彼女たちの感じる戦は違う気がする。
「それから、こういう時は『そういう青葉はどんな学生だったの?』とか、『宿題手伝おうか?』とか返せばいいんですよお、司令官」
「そうか」
 勉強になった、と呟くと青葉は誇らしげに笑った。彼女のノートは白いまま埋まらない。隅になにかの生き物の落書きがしてあった。女子高生らしい丸い字を見ながら、やはり少女なのだなと考える。彼女はいつの間にか僕に向ける雌の視線を引っ込めていた。埒が明かないと判断したのだろう、有難いことだ。僕にとって彼女らは艦でしかなく、それでなくとも部下でしかない。
「青葉、宿題手伝おうか」
 それでも試しに言ってみれば、青葉は少女らしいきらきらしい笑顔ではい、と答えた。ツクツクボーシと蝉が鳴いている。彼女に夏休みなどなかったはずなのに、夏休みが終わりますね、と言われて僕は頷かなかった。