「私の味方は、提督だけですから」
そう、羽黒は言う。俯くひたいに青痣が覗いていた。そっと手を伸ばすと、羽黒はびくりと肩を震わせた。その様を哀れに思いながら、彼女の髪留めにそっと触れる。
「髪留めが、ずれていたから」
「……あ、」
私の手を見上げた羽黒は、ふるりと震えて息を漏らした。その瞳が急速に潤み、慌てて羽黒はまた顔を俯かせる。
「……ごめんなさい、私」
「いや、君のせいじゃない」
「……ごめんなさい」
羽黒に近付く輩を片端から脅して羽黒から遠ざけているのは私だ。裏で羽黒を貶めているのも私だ。時には羽黒など痛めつけてしまえと指示を匂わせることすらある。鎮守府の者達はもう解っているだろう、羽黒にさえ近付かなければ、羽黒に関することでさえなければ提督は理不尽な権力を振り翳したりはしないと。そこに触れさえしなければ、私は艦隊を勝利に導く良き提督なのだからと、彼ら彼女らは臭いものに蓋をするように私の望むとおりに羽黒を扱うのだろう。触らねば祟りなし。そこでそんなことは間違っていると言えるほど捨て身な気高い者も、羽黒に肩入れする者も幸運なことにこの鎮守府には居なかった。どころか良い待遇を得ようと進んで羽黒を害する者まで現れる始末だ。腐っている。羽黒を害して誇らしげにする連中など。吐き気がする。羽黒がどれほどこの腐った世界の中で唯一咲く花のようにまっさらで純粋で価値のあるものかお前たちは知らないのだ。屑め。こんな世界に守る価値などない。こんな戦争に意味などない。羽黒にしか。意味など。僕はそういう奴らに報酬を与える。彼らのおかげで羽黒はより輝くからだ。彼らが羽黒を虐げるほどに羽黒は世界に怯えその身を震わせて瞳を潤ませる。そして言うのだ。ごめんなさい、と。彼女はけして自分を虐げたものを憎んだりはしない。ひたすらに悪いのは自分だと自分でも自分を傷つけて血だらけで震えながらこの戦場に立っている。そして言う。提督だけは私の味方ですと。打ち震える。世界に君の味方など居はしない、羽黒。こうして君の髪を撫でて優しくくちずけて柔らかく抱く私こそが羽黒を誰より何より殺しているのだと、知ったら彼女はどうするだろう。今までの傷を膿ませて死ぬだろうか。それとも私を殺すだろうか。そればかりは私にも解らなかった。どちらでもいいと思う。そしてその日を待ち侘びる。彼女の涙を指で救い上げもう大丈夫だよ、と囁きながら羽黒をもっと傷付けて傷付けて傷付けて羽黒を私に依存させて依存させて依存させて震える彼女を戦場に立たせて敵を屠らせ殺させ沈めさせる。一体羽黒はどこまで傷付いてくれるだろう。もう羽黒の心よりも傷の方がきっと大きくて羽黒は飲み込まれてしまう。彼女が鎮守府に配置されたあの日、がんばります、と小さく微笑んだ笑顔はもうどこにも居ない。